昼過ぎに起床。がっかりする。

とりあえずマッハで日常の雑事をこなす(洗濯・食事・歯磨き、など)。

洗濯物を畳みながら「けいおん」の映画を途中まで見た。
癒された。

外に出る準備をする。
いつの間にか17時になっていた。

外はものすごく寒かった。
用事を済ませ図書館に寄った。
図書館でロング・グッドバイを読んだ。
少し詩も書いた。

閉館時刻になったのでマックに移動。
詩を書こうとしたけど周りで話してる人達が気になって集中できず。
だんだん沈んだ気分になる。

帰り、エスカレーターに乗ろうとした時、仲良さ気なカップルに行く手を阻まれさらに殺伐としてしまった。
この時今夜は酒を飲もうと決めた。

雪見だいふくと生ハム買って帰宅。
気分は沈んだままだったが、夕飯を済ませ、風呂を済ませたら気分はまずまず。

弟がFF6をPSPでダウンロードしておいてくれた。
FF6懐かしプレイがしたくなって頼んでおいたものだ。



マックで詩を書いている時、あんまり言葉が浮かばないものだから、テンションが下がり続けて、自分はこんなことをしていていいのか、という自問が何度も浮かんで困った。

自分は本来何をするべきなのか。
無論お金を稼がなければならないのであろう。
お金を稼ぐということは働くということだ。
ではなぜ働かないのか。
いや、働いている。
洗濯や掃除してる。
でもお金は産まない。
やはりお金か。

お金のあるなしで判断されるのは仕方のない事だ。
前知り合いだった女の子もお金=経済力を重要視していた。
そういうものなのだ。

それに腹を立てても惨めになるだけだ。
どうしたって揺るがないのだから。
自分でお金を勝ち取って行くしかないのだ。

それでも自分はなぜかお金を稼ぎに行く気にならない。
なぜなら今は家もあるし食べ物にも衣服にも困らないからだ。
この最低限な感じで満足なのだ。

親の家に下宿させてもらい、お小遣い程度の収入はあるので、趣味はそれでまかなうのだ。
それでいいのだ。

しかしダメなのだ。
それじゃ世間的にはダメなのだ。
こういう暮らしをしてる人間を、他人は(とくに女性は)相手にしてくれないのだ。

相手にしてくれないと結婚ができないのだ。
寂しいのだ。

でもそれでいいのかもしれない。
こういう人間は淘汰されていくべきなのだ。
親が死んだら自分も死のうと思っている人間なんて、結婚出来るわけがないのだ。

だから一人で好きなことをやって、時が来たら野良犬のように野垂れ死ぬのだ。
キリギリスのように無様に死んでいくのだ。
それも素晴らしい人生だと思いませんか?

寂しいのを我慢すれば悪くない。
たまに「寂しいなう」とか言って気を紛らわして、それでも社会に属さず生きていくのだ。
明日にも死ぬ覚悟があれば大丈夫。

その覚悟を持って生きるのだ。